「一退一祥」



「一退一祥」
ー寺報「祥光」より

新型コロナウイルス感染の拡大は、ここ浜松市は幸いに防げているようですが、6月14日現在、東京では3日連続で20人を上回ったようですし、中国でも新たな感染者が50人を超えたと報じられています。世界規模の累計感染者は187カ国・地域で789万人に上り、死者は42万人を上回ったと報じられています。

まだまだ油断できない状況ですが、コロナ終息後の社会をどうのように立て直すかについても識者がいろいろと提言をしているようです。日本経済新聞社は、皆で日本の課題について考え議論する「未来面」を展開し、「やり方を変えましょう」というテーマで読者からの革新的なアイデアを募ったりしています。

 『易経』に、「窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通ず(行き詰まってどうにもならなくなると、何かが変わらざるえなくなる。そして何かが変われば、おのずと道は通じる)」とあるように、いま確かに、これまでの生き方、やり方を変えることが求められているようです。

 そこで、2つの関連するキーワードがひらめきました。

    「利から愛へ」、「一退一祥」

戦後の日本社会は、利益・発展求めて、先へ先へと進もうとするエートス(集合的心情)が牽引してきました。しかし、「利」を追求しすぎると「愛」「思いやり」が欠落します。「愛」「思いやり」が欠落すると、人間同士の連帯が破れ分断され、社会がいかに非生産的で野蛮になるか・・・
いま人種差別に抗議するデモがアメリカから世界各地に広がっています。西洋の自分たち白人の「利」だけを暴力的に追求してきた今日までの歴史の矛盾が、一挙に噴出しているようです。

 「愛」「思いやり」は、利の追求のみに走る過度の競争社会では育むことは出来ません。「須らく回向返照の退歩を学すべし」と道元禅師が言うように、いたずらに前に進むことを止め、社会から一歩身を退いて、坐禅・瞑想・祈りの自己に沈潜する行により、あるがままの素の自分に落ちつき、生かされてあることに気づき、感謝の念と共に、自ずと溢れてくるものです。
 「愛」と「思いやり」こそが「祥」(めでたい、幸いの)、社会創造の原動力となるのです。




2020年6月15日