佇まいの美

佇まいの美①

今年の2月28日、103歳で大往生された前方広寺派管長・大井際断老師は、たたづまいの美しい人でした。
本堂に出頭された時も、書斎でくつろいでおられる時も、あるいはその書かれた墨跡にも「佇まいの美」が感じられました。

老師の長寿の秘訣は、何よりも自然体の佇まいの美しさに集約されていたと思います。

弟子の私自身はまだまだ不作法で、「たたずまいの美しい老僧になる」ことが、これからの課題だと気づきました。
その気づきを促してくれたのが、「たたずまいの美学ー日本人の身体技法」(矢田部英正著、中公文庫)です。

最近読んだこの本は、まさに目から鱗が落ちるような内容でした。少し長くなりますが「佇まいの美」についての著者の文章を紹介しましょう。

 人間は時として花のように存在し、山のように存在することがある。身体という自然性を本来的に備えた人間が、風景という自然のなかへ溶け込んでゆくような存在のあり方、あるいは身体の中へ花や山といった自然を取り込んでしまったかのような印象を表出する身体のあり方、このような人間の存在様態を日本人は「風姿」という言葉で表現してきた。そこで描かれているものは「肉体の均整」にもとづく美感ではなく、姿勢・動作から表出される「存在の印象」である。
 これを形づくる身体的な根拠というのは、たとえば一片の「しぐさ」が伝えるところの心の細やかさであったり、坐っている後ろ姿から無言の内に放たれる「存在の重み」であったり、歩く姿や挨拶の仕方からにじみ出てくる「慎ましい態度」や「忠実な想い」などである。



著者は、日本人としての文化の継承に、「型」の訓練により「感覚」を伝承してきた日本人の「身体技法」の体系が多くを担ってきたと述べています。

そこで次回は、禅が伝承してきた型について考察してみたいと思います。

2018年7月18日