言霊ー言葉の力

言霊ー言葉の力

「ムーブ君……」、「赤信号さん……」、「柱さん……」

この頃、身のまわりの物の名前を呼んで声をかけることを始めました。

すると、あら不思議!
まるでその物が生き物のように親しく大切に感じられるようになります。

仏教は「無我」を説きます。
無我、すなわち自我のとらわれをなくすことは、心を解放して「生かされ生かしつつある」縁起の場に踊りでることです。

私たちは、元々まわりの人や自然や物との関係性において生かされているのに、多くの人は自我意識のとらわれがあって、その豊かな交流を閉ざして、生きるエネルギーを枯渇させてしまうのです。

まわりの物に親しく声をかけその名を呼ぶことで、今までは何も感じなかった物が、命をおびて立ち現れ、自ずと感謝の気持ちがわいてきて心も解放されます。

いつも動かず真っ直ぐ立っている本堂の「柱さん」には、尊敬の念さえ覚えます。

名前を呼ぶって、すごい力があるようです。まわりじゅうの物が、自分を支えてくれる心強い味方になるのですから。


高野山真言宗管長の松長有慶師は、『密教』(岩波新書)において空海が次のような主旨をことを述べていると仰っています。

「現象世界で発せられ声も、宇宙のエネルギーである本源的な声のあらわれであり、名もその本源的な声とつながる。だから名も単なる符丁ではなく、名を呼ぶことは実在を動かすことになる」と。

また、柿本人麻呂の有名な歌に、
「しきしまの 大和の国は 言霊の さきはふ国ぞ まさきくありこそ」(この日本という国は、言霊が助けてくれる国である。幸多かれ)とあるように、言葉には霊力があると万葉の昔から信じられてきました。

美しい言葉、力強い言葉、祝福・賛嘆の言葉で、まわりの人や自然や物に呼びかけ、いや栄えの幸多き人生を招来しましょう。


2018年5月2日