ブログ (風のたより・Zen Breeze)

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2018年5月20日 : 天地自然を師とする

    【飯田公園にて】


太上(たいじょう)は天を師とし、
其の次は人を師とし、
其の次は経(けい)を師とす。


最上の人は「天地自然」を師と仰ぎ、その次は「尊敬する人」を師と仰ぎ、更にその次は「教え」を師とする。

佐藤一斎の『言志四録』にある言葉です。


二十歳の頃から師と仰ぎ50年間参禅を続けてきた大井際断老師が遷化され、師と仰ぐべき人をなくしました。

71歳にもなれば、仰ぐべき師がなくて当然かもしれません。
しかし、禅の「己事究明」、己がどう生きるかを究明し続けることは生涯のテーマであり、師と仰ぐべきものから学ぶ姿勢は大切です。その意味で、大井老師は永遠の求道者でした。

師をなくして、
「さて、これからどう生きるか…」と考えたとき、ふと思い浮かんだのが佐藤一斎のこの言葉で、「天地自然」を師と仰ぐことにしょうと思いました。

芭蕉や西行のように、てくてくと歩き旅をしながら、自然にとけこみ自然を己が心として養い俳句や歌を作れたら最高でしょうが、せめて、散歩やハイキングで自然に親しもうと思っています。

庭仕事も土や植物等の自然が相手ですから、日々親しく自然に学ぶつもりで、無理はせずコンスタントに作務をすることにしました。
「天地自然を師とする」と決めると、
学ぶべきことが限りなくありそうです(^0^)


2018年5月9日 : 充実の一日
充実の一日



早朝坐禅会の茶礼で、バリスタ・もっちゃんの美味しいコーヒーをいただきながら楽しく語り合ったあと、
浜松市美術館に「The日本洋画150年展」を観に行きました。

地方の美術館としては豪華な内容で、黒田清輝、林武、藤田嗣治、梅原龍三郎、佐伯祐三、岸田劉生、青木繁など、日本洋画の名作を間近に鑑賞することができました。

特に、佐伯祐三の「パリの裏街」、林武の「赤富士」、向井潤吉の「春ー杏花の村」など、迫力の大きなキャンバスに描かれていて感動しました。

そのあとのランチは肴町のBeige(ベージュ、中区連尺町313-5、Tel:053-457-0188)で、私はライスバーガー、愛ちゃんはカレーライスを食べました.
発酵玄米と有機野菜の料理で、特に発酵玄米のもちもちした甘みと旨みの滋味豊かな味が、身体も喜んでいるようでとても気に入っています。

もう歳なので、
「無理せず、心地よく、気分良く過ごす」のが日々のコンセプト。
今日は、
早朝坐禅会、もっちゃんのスペッシャル・コーヒー、名画、美味しいオーガニックのランチと、心地よい超充実の一日でした(^0^)

2018年5月2日 : 言霊ー言葉の力
言霊ー言葉の力

「ムーブ君……」、「赤信号さん……」、「柱さん……」

この頃、身のまわりの物の名前を呼んで声をかけることを始めました。

すると、あら不思議!
まるでその物が生き物のように親しく大切に感じられるようになります。

仏教は「無我」を説きます。
無我、すなわち自我のとらわれをなくすことは、心を解放して「生かされ生かしつつある」縁起の場に踊りでることです。

私たちは、元々まわりの人や自然や物との関係性において生かされているのに、多くの人は自我意識のとらわれがあって、その豊かな交流を閉ざして、生きるエネルギーを枯渇させてしまうのです。

まわりの物に親しく声をかけその名を呼ぶことで、今までは何も感じなかった物が、命をおびて立ち現れ、自ずと感謝の気持ちがわいてきて心も解放されます。

いつも動かず真っ直ぐ立っている本堂の「柱さん」には、尊敬の念さえ覚えます。

名前を呼ぶって、すごい力があるようです。まわりじゅうの物が、自分を支えてくれる心強い味方になるのですから。


高野山真言宗管長の松長有慶師は、『密教』(岩波新書)において空海が次のような主旨をことを述べていると仰っています。

「現象世界で発せられ声も、宇宙のエネルギーである本源的な声のあらわれであり、名もその本源的な声とつながる。だから名も単なる符丁ではなく、名を呼ぶことは実在を動かすことになる」と。

また、柿本人麻呂の有名な歌に、
「しきしまの 大和の国は 言霊の さきはふ国ぞ まさきくありこそ」(この日本という国は、言霊が助けてくれる国である。幸多かれ)とあるように、言葉には霊力があると万葉の昔から信じられてきました。

美しい言葉、力強い言葉、祝福・賛嘆の言葉で、まわりの人や自然や物に呼びかけ、いや栄えの幸多き人生を招来しましょう。


2018年4月26日 : 気づき(Awareness)
Awereness(気づき)

今することについて

明らかに気づいていて

そのことを心をこめてする


いまここを充実して心地よく生きる秘訣です。

禅では、「三昧」といわれ、最近では“マインドフルネス”の言葉で注目されている日々の生き方の大切なポイントです。

禅堂の生活では、気づき(アウエアネス、Awareness)がその場その場であったなと、最近気づきました(^。^;)

食事、入浴、参禅等その事をはじめる前に、お経を読んだり三拝・合掌したりして、

「今から何をしょうとしているのか」についての
気づきの行がありました。

無自覚に何となく一日が過ぎ、一年が過ぎ、一生が終わってしまうのでは、せっかくのさずかった命がもったいないですよね。

気づき(アウエアネス)のポイントは、

何かをする時、
まず一呼吸して
心をいまここに落ちつけ
「〇〇をしょう」と自分に言い聞かせることです。

例えば車で出かける時、こんな風にやります。

運転席に座ったら、
まず軽く息を吐き、大きく息を吸い、ゆっくりと吐いて、
上半身をリラックスさせ、ゆったりと座り
今から運転するんだと、自分に明らかに気づかせます。

そして私は自分流のこんな真言を唱えることにしています。

「ムーブ君よろしく、心地よく安全運転で行きます」と。

実はこれ、真言密教の身口意の三密加持の行にも通じています。

身体ですること:運転する良い姿勢、
口で言うこと:心地よく安全運転で行きます
意で思うこと:そのように言い聞かせ思う

この身口意を一つにするのです。

真言密教は三密加持で即身成仏する、つまり生身で仏の境地に至る行ですから、
何と! 仏(ブッダ)に成って運転することになるのです(^0^)



2018年4月20日 : 成りきる①
成りきる力①
ーホワイトボードをクリーンにして、今ここに立ち返ろう
                
禅堂の日々の生活、坐禅・読経・托鉢・掃除・作務(畑仕事等)・料理・食事等、すべての中で養われるのが成りきる力(禅定力)です。

身と心を一つに、目前の事をていねいに心をこめてする力です。

逆に、成りきることが何故難しいかと言うと、
「こんな事をしてて何になるのか?」と思ったり、次にする事に心が奪われて焦ったりと、雑念がおこるからです。

人生の本番は、常にいまここです。

と言っても、人間は考える動物ですから、カラスがカーカーと鳴くように、今ここの単純な行為だけが生きることではありません。

人間が、思うのは人間の素晴らしい能力で、思考がなければ文明社会もありえません。

要は、思考が雑念になってより良く生きることの妨げとなるか、より良く生きるための道具(正念・正思惟)となるかの違いです。

思考は、ホワイトボードに字を書くようなものです。
字を書いてばかりでは、次第に何が書いてあるのか、何が重要なのかを整理して考えることが出来なくなります。
そんな思考の袋小路で迷ったりしたら、今ここの人生を味わいエンジョイすることが出来ません。

思考のホワイトボードは、使ったら(思考したら)、常に真っ白にイレーサーでもどしておくことが大切です。

坐禅で無心になるのは、言語意識であるホワイトボードを真っ白にもどし、明瞭に冷静に考える道具としてクリアーにしておくことです。
その無心になる力が禅定力をもってする坐禅です。
でも、毎日10分でも坐禅をつづけないとなかなか無心になれないようです。

そこで、もっと簡単な無心に「今ここに立ち返る」方法を紹介しましょう。

いまNHKやグーグルの社員教育等で注目されているマインドフルネスです。マインドフルネスの源流は、禅あるいは真言密教にあると思いますが、その話は別の機会にして、この頃実践しつつある方法を紹介しす。

①上半身をリラックスさせ背筋をのばします。
②かるく息を吐いて、おおきく息を吸って、ゆっくりと息を吐きます。
①②だけでも効果はありますが、ゆっくりと息を吐きながら自分なりの言葉・真言を心で、あるいは声を出して唱えます。

私が今実践しているのは、禅堂に入る時、外出と帰宅の時、車に乗る時、赤信号待ちの時です。

禅堂に入るときは、シンプルに「よろしくお願いします」
外出と帰宅も、本堂前でシンプルに「行って参ります、ただ今帰りました」
車に乗る時は、「ムーブちゃんよろしく、みんなの幸せのため、心地よく安全運転します」
赤信号待ちでは、「赤信号くんありがとう、安全運転で行きます」

もう少しこうした自分なりの真言を増やして唱えることが習慣化すれば、普段の日常生活すべてが禅堂のように、その時々の事に成りきった、もっと充実した心地よいものになると、楽しみにしています(^0^)



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